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十二国記 ―目次―

*功を舞台に書くつもりで、全然書いてないけど、せっかく昔資料漁って書いたから載せとこうかなって。
 もちろん長編予定で書いてるので、読まないほうがいいと思われます。

逆行前

功の凶事

塙麒


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塙麒


夜の帳が辺りを包む頃、楽俊の住まう官邸に来客があった。
「らくしゅーん!」
やっと仕事の区切りがつき、ようやく自室の前まで辿り着いたところで出くわした人物。
大手を挙げ、ブンブンと手を振ってこちらに走り寄ってくるのはこの場に居ていい御仁ではない。
髪をすっぽりと布で覆った、十を越した頃合の子供は実はこの世界に十二しか存在を許されぬ尊き御方。
雁州国が麒麟、延麒六太である。
「うわぁー、なにやってるんですかこんなところで!」
楽俊が思わずそう言ってしまったのも仕方の無い所であろう。
慶のように雁と国交のある国ならいざ知らず、功と雁の間には何の関係もない。
いや、功の難民が慶を越え雁に流れている事を考えれば、関係がないとは言えぬが、負担のみを押し付けている現状に、国府の荒れた雁の官が特に何かしているわけでもない。
悪益しかもたらさぬ功に、雁が親しげに使者を送るわけも無い。
「なんでぇ、知り合い訪ねちゃいけないのかよー。」
頬を膨らましながら、拗ねた様子を見せる延麒に楽俊は苦笑を浮かべつつも嬉しく思う。
「気軽に訪ねていい身分じゃないでしょうに。しかも高々司刑のおいらなんかを。」
「だから俺はー、一六太として旧知の仲の一楽俊を訪ねてきただけだっつうのー。」
身分なんて関係ないと、そう言ってくれる六太の気持ちはありがたい。
ありがたいが素直に受けていい原状でもないのは確かだ。
雁の大学に在籍していた頃から頻繁に遊びに来ていたのもあってだろうか、慶に居た頃も、そして今も、六太は度々楽俊の元を訪れては毎度同じ問答を繰り返していた。
「とにかく上げてくれよ。子供がこんなとこにずっといんのも可笑しいだろ?」
にやりと笑う台輔にずるいなぁ、と思うが素直に自室に招き入れる。

卓子に茶器を並べ、六太が好む果子を用意すると、この麒麟は嬉しそうに自分の手で茶を淹れ白桃で作られた甘い果子を口に放り込む。
「そんでな、今日ここに来た理由なんだけどー。」
頭の布を取り、口に果子を含んだまま喋る六太が、懐から個人宛と思われる手紙を取り出す。
「まぁ読んでくれよ。」
六太に当てられたであろう手紙を読んでいいのかとも思ったが、本人に読めと言われたのでは返って断るほうが失礼にあたるだろう。
楽俊は手紙を拝借し、開いた。
読めば、塙麒が生まれて二年しかし早くも転変を覚え頻繁に姿を変えると言う。
鬣を揺らし、時に丘を駆け、時によちよちと歩く様は愛らしかろう。
楽俊は嬉しく思い読み進める。
しかし、字を追うにつれて笑みは凍りついた。
最近鳴蝕を起こさんばかりの声を度々お上げになる。
そう書かれているのだ。
楽俊の顔を見て、六太が溜息をつく。
「ほら、俺ってしょっちゅう蓬山に行ってるだろ?気安い麒麟だし、それでどうにか鳴蝕を起こさないように指導出来ないかってんで手紙が着たんだ。だけど生まれて二年しか経ってないってことはまだ自我もないってことだろ?どうやって教えろっていうんだよなぁ……。」
困ったような顔をしつつも果子を口に放る。既に用意された果子はその半分以上が六太の腹に収まっていた。
「で、でも、もし塙麒様が本当に鳴蝕を起こしちまったら……。」
「蓬莱か、崑崙か。どっちかに行っちまうな。」
眉を寄せ腕を組む。
「鳴蝕を止めるなんてのはできっこないんだ。つまり蓬山は俺に塙麒を預かってくれって言いたいんだろうなぁ。例えば鳴蝕を起こした時に俺が傍に居れば一緒に行って、連れて返れるし、物がわかるようになってくれば危険な事だって教えてやれる。つっても普通俺たちはどこかで鳴蝕は滅多に起こしていいものじゃない、危険なんだって知るはずなんだ。だけど塙麒にはそれが無い。あいつが赤麒麟なのが原因かもしれない。」
楽俊は己から血の気が引いていくのをしかと感じていた。
泰麒は鳴蝕を起こし、返ってくるのに六年を費やした。
見つける事が出来たのも陽子が呼びかけ、各国の麒麟が協力し合った賜物だ。
泰麒は胎果だ。それ故蓬莱に家族を持っていた。
しかし、塙麒は蓬山で生まれた。もし鳴蝕を起こしてしまえばまだ幼い塙麒はどうなるだろう。
「とにかく、俺は一度蓬山に行かなきゃいけないんだ。あんたも連れて行ったほうがいいと思ってさ。下手に功の官に不安を抱かせる訳にも行かないだろうから、一応俺が蓬山を訪ねるついでに塙麒の様子も見ようと思ってて、どうせなら功の官を連れて行ったほうが嬉しい報告とか色々出来るだろうから、一人俺と気心が知れそうな奴を貸してくれって書状を昨日出しといた。出発は5日後な。お前以外の奴用意されたら俺駄々こねてやるから、お前からもそれとなく俺と交流があったって上に話しといてくれよな。」
楽俊に返事は無い。
「大丈夫だって、約束する。塙麒に危険な目はあわせないってさ。もうあんな大捜索はごめんだしな。」
なんでもないように、不安を軽減出来るように声をかけた六太に、楽俊は頷く。
「それじゃ、俺帰るなー。」
急いで残りの果子を詰め込み始めた六太に悧角の声が地面から響いた。
「え、やっへぇまひあふぁふぇえ!」
口をもごもごさせたまま急いで髪に布を当てようとした六太だったが、それより先に大きな音を立てて扉が開いてしまった。
せめて六太が口いっぱいに果子を含んでいなければ、「え、やっべぇ間に合わねぇ!」の言葉が聞け、楽俊は察して動く事が出来ただろう。
しかしそれも叶わず、金色の鬣を持つ子供と甲冑に身を包んだ俊足の夏官は顔を合わせてしまった。
多分文張の「ぶ」の字を発音しようとしたのだろうその口は尖ったまま止まっている。
急いて果子を飲み込んだ六太は空笑いを浮かべ、それじゃあ俺はこれで~などと言うが直後の瞬影の声に驚き体が止まった。
「ど、ど、ど、ど、ど!どういうことですか文張!?」
楽俊は何故こうなることを予想出来なかったのかと頭を抱えた。
瞬影が楽俊の官邸へ駆け込んでくることは月に数度ある。殆どが楽俊を連れて不岩の元へ向かう為のお誘いだったりするのだが、今日は楽俊に用事があったのだろう、遅ばせながら不岩までも部屋に来てしまった。
為るように為れ、と言わんばかりに楽俊は立ち上がり互いを紹介しだした。
「不岩殿、瞬影殿、こちらは雁州国台輔、延麒様です。延台輔、こちらは以前話にありましたお二人で、右おりますのが夏官長大司馬丈瑛桂(じょう えいけい)、左におりますのが……。」
「冬官長大司空を仰せつかっております、朴拓宋(ぼく たくそう)でございます。」
冷静に状況を把握した不岩が伏礼する。
その様子にやっと瞬影が続いた。
六太は二人に面を上げさせると椅子に座るよう促し、楽俊と知り合った経緯を説明した。
「文張、お主には何かあると思っておったが、まさか他国の王や台輔とお知り合いとは……。」
不岩は隠し切れず驚きをその顔に浮かべている。
「まぁ、話せるようなことじゃねぇよな。」
話してしまえばあっけらかんと、六太が笑う。
瞬影は未だに挙動不審で、状況について行けていないらしい。
これで妖魔討伐の際は驚く程勇敢であると聞く。
「落ち着け瞬影、見苦しいぞ。」
不岩に窘められても早々落ち着いていられることではないだろう。
変わらぬ様子に溜息を着きつつ、不岩がここへ来た理由を楽俊に伝える。
それは楽俊の予想通り、先ほど六太に言われたことであった。
「書状には、台輔と面識ある者だと喜ばしいが、そうでない場合、礼儀を重んじ、素朴であるが真があり、尚且つ出来れば雁に滞在した事がある者で若い姿であれば好ましい。なんて書かれていてな。天官府で血なまこになって条件に合う奴を探していたぞ。話を聞けばなるほど、文張以外におるまい。」
「天官府では条件に合う人いないんじゃないかなぁと思いますよ!やっぱり不岩、文張を推挙するべきなんじゃないかな!」
やっと調子を取り戻したらしい瞬影に不岩が頷く。
「台輔もそのおつもりでこんなに細かに書き連ねたのでございましょう?」
しわを寄せ、悪戯めいた笑みを浮かべつつ六太を見れば同じような顔で頷く。
「おいらに言ってた事と違うじゃないですか……」
楽俊が六太をねめつければ笑いが起こる。
さっきは確かに気心が知れそうな者をと言っていたのに。
全く、困ったことだと思う。ここまで書かれてその全てに楽俊が当て嵌まっていれば官は皆怪しく思うだろう。楽俊の立場を危うくしかねない。
いや、多分わざとなのだろう。楽俊から現状を聞いていた六太の事だ、流れる難民の問題など様々なことの協議を持ちかけているが功の官からは努力する、考えている。そんな返事しか来ない。
自らの背負う職に対しての誇りを失った官達は面倒事は避けたい、それしか思っていないのだ。
楽俊が延台輔と旧知である事が知れれば任せてしまえる。
その程度にしか考えないだろうと六太、いや裏に潜んでいる冢宰は目論んでいるのだろう。
溜息をついた楽俊の肩を叩きながら、六太がよろしくな!と元気にのたまった。

上手く事が進み、楽俊は初めて蓬山へと降り立った。
お目にかかる事は一生涯ないと思われた碧霞玄君にお目通りし、塙麒と引き合わされる。
麒麟の姿の塙麒は可愛らしく、そして神々しい。
しっかりとした足取りで走り回るお姿を見ると、功の展望が明るく思えるが、そうも言えないのが現状である。
六太が碧霞玄君との話をする間、楽俊は塙麒と共に居るよう言われる。
女仙と共に訪れたのは開けた場所で、塙麒は楽しげに駆け回っている。
「塙麒さまは良く鳴蝕に似た声をお上げになるので、その度に地が揺れ、建物が崩れるので、普段はお眠りになるまでこういった場所でお遊びになられるのですわ。」
付き添った女仙に言われ納得する。
女怪は名を白 狼智(はく ろうち)と言い、上体は女、腕は翼で下肢は狼である。
その女怪共に駆け回っていた塙麒が楽俊の元へと来た。
「抱いて欲しいのでしょう。」
女仙が言えば、静かな面持ちで女怪が頷く。
恐る恐る抱き上げれば、塙麒は嬉しそうに鼻を鳴らした。
しばらくそのままでいるとウトウトと瞳を閉じる。
「あらあら、よっぽど心地よかったと見えますね。それでは丘柊宮に戻りましょうか。」
塙麒を抱いたまま、女仙に導かれ丘柊宮へと戻る。
その道すがら、急に塙麒が足をばたつかせ声を上げた。
「いけない!」
耳を裂く轟きに、地面が揺れ、立っていることすらままならなくなり、楽俊は膝をついた。
警戒するように先頭を歩いていた女怪が駆け寄り楽俊が塙麒を受け渡そうとした時それは起こった。
起こってしまった。

鳴蝕

空間が揺らぎ、ぽっかりと穴が開く。
そこに塙麒が、そして女怪と楽俊が吸い込まれていく。
女仙達の悲鳴を遠くに感じ、前後不覚に陥った体にぬらりと何かが通っていく感覚を味わう。
何かが足に触れた、それが大地であると気付いた時、楽俊は蓬莱へと降り立ってしまったことを知った。



塙麒が住まう丘柊宮は私の捏造建物です。
不岩と瞬影の本名が出ました。
正直考えるのだるかったし、漢名間違ってたらヤだから避けてたのに、アホい自分。
俺設定、俺キャラ万歳!( ゚Д゚)

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功の凶事

凶事の続いた功。
塙王が国に働いた裏切りは天の許すところではなかった。
実りはせど、捥げることの無い塙果。
その年月の長くを捨身木にて過ごし、やっと捥がれたと思えばたったの一年、成獣になることなく世を去っている。
前代未聞の事態に蓬山、功国は元より各国が揺れた。
まことしやかに囁かれた噂は民衆まで広がり、塙果がある。その事実だけを胸に抱き、急速に進む荒廃を耐え忍んできた功の民は絶望の先を見た。
「なんでも、太綱を破ったって聞いたぜ?」
「国氏が変わるんじゃねえか?」
「そんな酷いことを塙王がしたって言うのかい?」
「国氏どころじゃねぇよ!塙にもう麒麟は生まれないんじゃ……」
「それじゃ功は滅んじまうじゃねえか!」
続く日照りにより乾いた大地で井戸に寄ることも出来ず、ただ妖魔の襲撃に怯え里木の下に寄り集まり、やがて動けなくなる。
そんな生活を強いられ、消えた里がいくらの数になったことか。
戦々恐々とした空気は瞬く間に功を覆い尽くし、人々は生きる気力その物を奪われていた。


そんな折、慶国秋官小司寇張清こと楽俊は決意を胸に、書き上げた文書を景王陽子に献上していた。
楽俊から受け取った文書を読み、陽子は眉を顰める。
「決意は……変わるわけないよね、楽俊だもんな。」
公の場で、公私を忘れ口調を和らげてしまったのはあまりの驚きに動転したからか、陽子は文書にもう一度目を通し、諦めの表情で頷いた。
文書には、慶国には返しつくせぬ恩義を感じている旨、そして恩に報いる前に職を辞することを許して欲しいと、そう書かれていた。
「功に……行くのか?」
功の荒れようは目を覆いたくなるほどだ。
後を絶たぬ難民は、やっと国のあるべき姿が見えてきたばかりの慶では支えきれぬ程。
楽俊は必死に、この慶で自らが出来ることを行ってきた。
だけどそれにも限りがある。官の腐敗が始まったらしい。
内側の腐食を止めることは、ここでは出来ない。
最近楽俊が遠く何かに思いを馳せている様子を見る事が多かった。
悩んだのだろう。悩み、苦しんでこの結論に達したんだ。
「はい。」
真の通った声に、今度はしっかりと頷く。
「わかった。行って、国を支えてやってくれ。楽俊ならそれが出来る。」
信頼の篭った目に、楽俊は言い表せぬ別離の悲しみを噛み殺し立礼した。
また同じように、陽子もその目に心情を映すまいと努めてたことに誰が気付けただろう。


延の大学を主席で卒業し、慶では疾風のごとき速さで秋官小司寇まで上り詰めた楽俊であっても、功国の国官になるのは容易ではない。
全く同じ経歴を持つ者で、唯の人であったなら違ったかもしれないが、楽俊は功では忌み嫌われる半獣である。
延にも慶にも頼らぬと伝えてあったが、正直困憊してた。
自らの力で変えていかねば意味の無いことだと、楽俊は思っていた。
容易いことではないと理解しても居たが、これほどまでに受け入れられぬものだったとは。
国を離れて忘れちまってたんだ……ここがどんなとこなのか……おいらが何者なのか……
辿り着くまでにも数多の困難はあった、やっと辿り着いたその場所で、楽俊は立ち尽くしていた。
楽俊は国府にすら立ち入りを許されなかった。
どうしようかと思いを巡らせつつ、門前払いを喰らった皋門を仰ぎ見る。
すると丁度一人の老人が門を出てきた。
立ち尽くす楽俊を不信に思ったのか横目で通り過ぎる。
「いけねぇ、こんな所に突っ立ってるわけにも行かないか。」
立ち去ろうとした時、前を歩いていた老人が立ち止まり振り返った。
急なことで楽俊は思わずその老人とぶつかりそうになる。
咄嗟に身を捩り、己が地べたに倒れこむ形とはなったが老人に怪我なく済んだ。
「あなたは……。」
倒れこんだ楽俊の顔をまじまじと見つめてくる。
「あ、あの……おいらの顔に何かついてますか?」
老人はハタと気付いたように手を差し伸べ謝罪を口にする。
「申し訳ない、知り合いに似ていたものでな。」
素直に差し伸べられた手を取りつつ、起き上がる。
「ここで何をなされていた?」
遠慮もなく聞かれ、咄嗟に官になろうと思ったが入れてもらえないと喋ってしまった。
「なんと?今の功にわざわざ官になりたいと来る若者がいるとは、面白い。何、ここであったのも何かの縁、少し話をせんか?」
半ば強引に傲霜の飯堂へと導かれた。
話し振りが延の大学の老師と似ており、漠然と功の老師なのだろうかと思ったが、どうも立場を聞くと上手くはぐらかされる。
もしや官職に就く方かとも思ったが、国官が飯庁ではなく飯堂へ赴くことなど延で無い限りありえないだろう。
なんとお呼びすればいいのかと悩む楽俊に、不動の頑固さから不岩と呼ばれている、そう呼んでくれと言われ、素直に受けた。
しばらくは学生の頃の話や、好きな書など他愛も無い話ばかりをしていた。
歴書を見せて欲しいと頼まれ、素直に見せれば半獣と書かれた部分を気にするでもなく学の高さに感心してくれる。
「いやしかし、慶国で秋官に、しかも小司寇であったとは。これを登用しないなどと功の官には呆れるばかりだの。」
あまりの褒められように、楽俊は顔を赤らめ恐縮の言葉を述べる。
「そんな、おいらだけの力じゃないんです。みんなに助けてもらって……。それに功は半獣に厳しい。しょうがないことだってのはわかってたんです。そもそも門前払いだったし、登用云々の前の問題なんです。まぁ、何度も通ったらそのうち話だけでも通してもらえるかもしれないし、頑張るだけです。」
老人は楽俊の言葉に深く頷き、悪戯めいた顔をした。
「こういうのはどうだ?」
おもむろに湯呑を歴書に垂らす。
「へっ?」
見る間に張清の名の右上、半獣と書かれていた場所が滲んで行く。
「そろそろ門卒も交代の時間だろう、共に行ってわしが汚してしまったと言えば通れるだろうよ。」
「で、でも……」
そんな簡単にすむことではないだろう。
名の上に文字が入るのは半獣のみ、滲み読めなくなっていようとも、そこに何かを書いた跡がある。それだけで半獣だとしれてしまう。
狼狽する楽俊に思惑を汲み取っただろうが、さも楽しげな笑みを浮かべ席を立つよう促した。
「なあに、大丈夫だろうて、ほれ行くぞ文張殿。」
見た目と違い快活な老人に内心苦笑いが漏れつつ、後に続く。
「しかし、ご用事があって凌雲山を降りられたのでは……?おいらにつき合わせちゃ…」
「何事も縁、最初に言っただろう。お気になさるな。」

そのまま追い立てられ、皋門へと戻った。
驚いたことに老人の言った通り苦もなく通されてしまった。
「まさかこんな……。」
楽俊の驚きの声に、不岩は苦笑いを浮かべる。
「知識のない者を門卒に登用したか。はたまた、それだけ功が駄目になっているのか。」
さらりと言うその言葉が、実はとても重く、辛いことであるのが楽俊には良くわかっていた。
てっきり国府の入り口で別れるものかと思っていたが、老人は他愛も無い話をしつつスタスタと凌雲山を登ってゆく。
着いて行けば外朝を越え、内朝まで辿り着いてしまっていた。
狼狽する楽俊を見てまた笑い、官邸へと招きいれられる。
最初の予感が当たっていたのだ、不岩は高官しかも大司空であった。
「驚いたか、すまんな。なに、この年になるとこんなことぐらいでしか楽しみが見つからんのだ。」
褐衣を纏ったまま、大司空は使いに茶を用意させる。
予期せぬ展開に楽俊は出された茶を啜るしかなかった。
「今、功は内から来る腐敗にやられている。自身で言うのも如何なものかと思うが、腐敗されずに留まって居られるのは冬官と夏官のみよ。それ以外の長たるもの全てが腐り淀んでいる。始まりは六官を統べる冢宰よ。仮朝を預かる内に思い上がりおってな。塙麟崩御に喜ぶとは何事か……。」
最後は苦々しく呟くように言うと、頭を振った。
「すまんな、お主は心根がしっかりとしておる。慶の小司寇を辞してまで功に来たのは、仮朝の内実を知ってのことであろう?救いたいと、思って。」
大司空の問いかけにしっかりと頷く。
「ならば直ぐに国官に登用しよう。実は秋官以外の全てに心置ける者を配置してある。しかし如何せん、秋官となると……皆頭が悪くてな、使える奴が居なかったのよ。」
なんでもないように笑うが、そこまでするのにどれ程の時間を要したのだろう。
まだ百年も生きていない若輩者に察することは出来まいが、楽俊は大司空の心中を慮った。
「夏官長とわしはそもそも同じ頃に大学にいてな。志を共にした……」
言葉終わる事無く、扉が乱暴に開けられた。
「聞いてくださいよ不岩!あの享楽者がまた馬鹿なことを!」
そう叫んで侵入してきたのは三十に届くだろうかという頃合の男。
今先ほど話していた男なのだろうか。
「落ち着け、瞬影。客人がおる。すまんな、これが今話そうとしていた夏官長だ。見つけたと思ったら影しか残らん、忙しなく動き回る様から瞬影と呼ばれておる。瞬影、気持ちはわからんではないが、固まってないでこっちへ来て座れ。」
楽俊と目が合うと、驚いたようにして動かなかった瞬影は不岩に促され椅子へかける。
「こちらは張清殿だ。慶国にて小司寇をなされておった。大学では文張と呼ばれていたそうで、わしもそう呼ばせて頂いておる。」
出会ったばかりなのに既に旧知の仲であるような紹介の仕方をされ、楽俊は戸惑う。
「張…文張……。そうですか、さぞかし美しい文をお書きになるのでしょうな!」
ふと沈黙が流れる。
「えっとですね、それでですね、あの、えっと。」
「落ち着け、文張殿には既に話している。」
「あ、なーんだ、びっくりしました~。うっかり危険なこと言っちゃったかと思いましたよ!」
「だからお前は日頃落ち着くように言われていただろうに。」
「すいません、本当に……いやでも……」
二人の言い合いを見ているうちに、ふっと笑いが零れた。
それに気付いた二人が顔を見合わせる。
「あっ!おいら…すいません、笑うつもりなんてなかったんですけど……。」
「いやいや、気にしないで下さい!慣れっこですよ笑われるのは。大学でもしょっちゅう文……。」
「ごっほ!ゴホッゴホッ!!」
突然不岩が咽る。
「大丈夫ですか!?」
楽俊は不岩の背を撫でた。
「申し訳ない、たまに咽てしまってな。やはり年老いてから仙籍に入ると不憫でならないな。」
「本当に不岩は変わり者で、国官になる時に年老いる楽しみを味わいたいから仙籍にはまだ入れないで下さいなんて言ったんですよ。」
それは、年老いた外見のほうが何かと便利があるからとった略なのではないかと楽俊は思ったが合えて口にすることは躊躇われた。
そんな楽俊の様子に気付いてか、くいっと茶を一飲みし、不岩が口を開いた。
「この通り空け者だらけでな。秋官に送れるようなものがおらんのだ。」
楽俊は苦笑いするしかなかった。
その後、不岩が真面目な話をすれば瞬影が悪意なく話を摩り替えてしまい、不岩が話を戻し、また逸らされを繰り返した。
仕舞いには口喧嘩が始まり、やはり楽俊は苦笑するしかなかった。
「……まぁ、そういうわけで、文張殿を秋官に登用するようお伝えする。慶国から自国を憂い、少しは役に立てないかとやって来た馬鹿な若者という紹介の仕方をすることになるが、耐えてくださるな?」
「はい。」
功国の内情は悲惨だ。
国税で私益を肥やし、享楽に身をやつす者が大半である。
不岩も、今日市井に下りようとしたのは花娘を買いに行く、という振りだったらしい。
老人の身でありながら花娘とは、いささか無理があるが官長達はそれで納得しているらしかった。
楽俊は妙に頭が痛んだ。
全体的に話を聞くと、どうも功の官は楽観的というか抜けていると言うか……
それもある程度は仕方のないことかもしれない。
そもそも功は南東の国、温暖な気候に、豊かな土壌を持ち合わせていた。
本来はただ田畑を耕すだけで、一年過ごしていける国なのだ。
のんびりと田畑を耕し、夜は歌い騒ぐそんな国にいれば自ずと楽観的になる。
話で聞くだけで不岩の巡らせた網に幾つか抜け目を見つけることが出来、楽俊は今は無い髭が垂れるのを感じていた。
だが、心強い味方を得たのも事実。
楽俊は自国の為に出来ることを、二人の口喧嘩を聞きつつ思慮するのだった。

そして楽俊が司刑として勤め一年、ついに塙麒が誕生する。



十二国記が凄い面白いんですよ。
アニメから入りましたが小説全巻やっと買い揃えたので思わず小説書いてしまいました。
シリアスかと思わせておいて実はホノボノ系になると思います。
書き始めたお陰で、「こうき」と打つと「塙麒」に勝手に変換されるようになりました!
いえ、辞書登録したんですけどね。

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読書(SS含む)
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完結済みを一気読み(見)するのが好きなため、オワコンに嵌る率が高い。
三大欲求の頂点が睡眠欲。春夏秋冬眠。
仕事が立て込むと音信不通。仕事するか寝るかしかしなくなる。
たまに食う。

 

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