許されないのか
希望を抱いて待ち続けることすら
許してはもらえないのか
「お?なんだ、行くのか?」
出るのは溜息。幾度この馬鹿な親友のせいで溜息をつかされたことか。
「俺はてっきり行きませんよ、とか言い張ると思ってたんだがなぁ」
「流石にプライベートは尊重して頂けると思っていたのですが、私の思い違いでしたか?」
質問に答えたわけではなく、それでも私の言葉の意味を汲み取ったのか、あぁ、と洩らした後。
「お前の屋敷の中じゃないぞー?敷地の外だ」
えっへん、とでも言い出しそうに胸を張られても、それを埋める立場からすれば迷惑極まりないだけだ。
「外でもなんでも、宮殿外に、いや宮殿内であっても脱出路を作らないでください。どれだけ長いんですか」
「あぁ、俺がんばったもんなぁ、今回は」
「そんな無駄なことに努力するくらいなら、さっさと公務を片付けてください。そうしていただければ堂々と休みは取れるはずです」
「こういうのは、『脱出』するからこそ楽しいんじゃないか」
「不法侵入罪で今すぐ捕らえて差し上げましょうか?」
「おやおや、手厳しい」
馬鹿の相手は大臣たちに任せて、さっさと着替え、家を出るに限る。
「しかし、出発するにしては遅すぎやしないか?ガイなんか2日前に出てるぞ?」
「…………」
「アルビオールの貸し出し申請もしてないだろ?」
「…………」
「おーい、聞いてんのかー?」
「……行きませんよ」
はぁ?と間抜けな声が聞こえた。
「バチカルには、行きません」
「なんだ。やっぱり行かないのか。じゃあ何処に行くんだよ」
「さぁ?どこでしょう」
答える気は毛頭ない。
「ほら、さっさと宮殿に戻ってください。宮殿外に脱出路を作ったとなると、大臣たちがいつも以上にたぁいへんお冠でしょうし、機嫌取り頑張ってください」
口だけで笑みを作り、あえて自分が先に屋敷を出る。
「おいおい、黙っててくれるんじゃないのか?」
「誰がそんなつまらないことを」
後から付いてきた皇帝が玄関を出ると私は施錠をした。
辺りを見渡す。大方宮殿から屋敷裏の林道あたりまで地下通路を繋げたのだろう。
相当な長さであろう、地下通路を埋めるのは帰ってきたらガイに任せよう。
「ジェイド~、俺たち親友だろ?」
予想してなかったわけでもあるまい。
「その馬鹿な親友の馬鹿な行動の後始末には少々疲れ果てましたので」
今日のジェイドはいつも以上に手厳しいなぁ~と聞こえた声に無視を決め込んで、私は港へと足を進める。
背中越しに伝わる、眼差しにも気付かない振りをして。
カーティス家所有の船に揺られながら、いっそ誰もこなければいい。などと思った。
ガイが早くに出た理由は、多分バチカルで皆と合流する為。
ナタリア王女は成人の儀に参加せざるを得ない。
儀式の終了を待って夜のうちにアルビオールで目的地に着くだろう。
夕日がいやに眩しい。
色などに、特別な感動を覚えたことなんてなかったはずなのに。
この色だけは、この色だけは、私を動揺させる。
「……ー……ク……」
意図せず、意識せず、その名を呼べば。
蘇るのはあの泣きそうな笑顔。
満面の笑みなんて、見たことがあっただろうか。
アクゼリュスの崩落以降、行動を共にした彼が、心底、心から、笑っている姿を見たことがあっただろうか。
夕焼けは目に痛い。
目頭を押さえながら、漏れるのはやはり溜息一つ。
見てなんていられない。
目に
心に
痛すぎる。
カイツール軍港からは歩きで目的地に向かう。
私の強さを察知してか、襲い掛かってる魔物はいない。そんな馬鹿は盗賊くらいか。
途中、チーグルの森へ寄って小さな聖獣を連れて行く。
ソーサラーリングを貸し出して貰えなかった為、話しかけられている内容はわからないが、やけに嬉しそうなことは伝わってくる。
久々に会えば、元気に跳び回っていた聖獣は、痩せ、衰え、毛ヅヤも良くない。
この二年はそれほどまでに長かったのだろうか。
振り返る記憶の中には盲目に仕事に打ち込んでいたことしか、思い出されない。
平和条約が結ばれたことによる弊害、預言廃止後の混乱の鎮火、レプリカ保護法案。
すべきことの多さに、全てを忘れることが出来た。
いや、考えずに済んだ。
だがこの小さな聖獣は、二年を祈り、願うことのみに費やしてきたのだろう。
柔らかな風と共にセレニアの花の香りが広がる。
私は、その中に佇み続けた。
いつの間にかあたりは暗く、夜特有の静けさが広がっていた。
「よう!ジェイドの旦那!」
ガイの声と共に女性陣の再会を喜ぶ声が聞こえてくる。
少しの間、近況を話し合った。
彼の話をする者はいない。
話した瞬間に思い出になるとわかっているから、か。
おもむろにティアが大譜歌を紡ぎだす。
それだけで、あたりに第七音素が集結していくのが感じ取れる。
歌の終わりと共に、それもまた空気に融け拡散していく。
みな、何も言わず背を向ける。
無言で歩きながら。
祈るように、念じるように。
帰ってきなさい、帰ってきなさい、……帰ってきてくださいっ!!
「ルーク……!」
締め付けられる胸を押さえ、その名を呼んだ瞬間、莫大な量の第七音素が集結するのを感じ取った。
皆が振り返り、駆け寄っていく。
私はそれを見つめ、ゆっくりと近づいていく。
再会を喜ぶことよりも、幾度も思いつき、幾度も考えるのを放棄した事柄が浮かぶ。
コンタミネーション現象、ビックバン、起こりうる仮説。
決戦直前の状況、魂の定義、起こるべき現象。
考えるな、考えるな。
信じている、信じたい。
歩み寄り、お帰りなさいと言えば。
ただいまと返ってくる返事。
顔が同じであっても、声が同じであっても。
違和感が、
拭えない。
小さな聖獣が不思議そうに首を傾げる。
それが私に確信を与える。
この仮説だけは、間違っていて欲しかった。
魂の融合
ルークであり、アッシュであり。
ルークではなく、アッシュでもない。
『ルーク』
その瞬間に
いつか帰ってくると
待っていることで得られる希望を
砕かれた
希望を抱いて待つことすら許されない
『彼』は帰ってきてしまったのだから
その瞬間私は確かに死んだ
無駄に長かったですね。すいません。
実は逆行小説の序章だったりするんです。

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