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SSを乗せていく予定で作っています。
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こちらの動画を流しながら読んで頂くと、無理やりハードボイルド出来ます。
入り組んだ路地に、小さな看板と地下へと続く階段がある。
場末のバーを探し歩いているが、いい加減目的のモノを見つけるのを諦めかけていた。
溜息を一つ落としつつ、階段を降りドアに手をかけゆっくり開けると、チリリンと微かにドアベルが鳴った。
一歩だけ足を踏み入れ見渡すと、やっと見慣れた姿を見つけた。
「こんなところに居たのか」
その、聞き慣れた年の割りに低い声に、男は視線だけをドアに向けた。
「ギロロ……どうした、お前がこんな場所に来るとは珍しいな」
そう返事を返した男。ガルルは、一人グラスを傾けている。
「親父に探しに行って来いと言われただけだ。そうでなければ誰がこんなところにくるか」
薄暗く、換気の行き届いていない店内には、立ち込める煙草の煙と強いアルコールの臭気が漂っている。数分居るだけで下戸であるギロロは酔ってしまいそうな程だった。
「こんなところとは失礼じゃない?」
年をごかます為か、けばけばしい程に厚化粧を施した女がカウンター越しにシナを作った声をかける。
ケロン人に服を着る習慣は無いが、女はスリットが深くシャンブレーの光沢が煌びやかなスレンダーラインのドレスを着ていた。
しかし、店の空気、女の醸し出す雰囲気が全てを下品にしてしまっている。
この男は何を好き好んでこんな場所で飲んでいるのか、ギロロは女の言葉に顔をしかめる事で答えた。
「すまない、こいつは下戸でな。こういった場所に慣れておらんのだ」
「いいわよ別に。飲めないんじゃお酒は出せないわね。どうする?レモネードくらいなら出せるけど」
「いらん」
「あら、素気<すげ>無い返事。そんなことじゃモテないわよ?お若い軍人さん」
流石にこうもあしらわれるとカチンと来たのだろう。女は挑発する声音でカウンターから身を乗り出し、気だるそうに肘を付く。
「あまりからかわんでくれ。弟の非礼は私が詫びよう」
苦笑い気味にガルルはそう言うと、グラス半分ほど残っていた酒を一気に飲み干しカウンターチェアから立ち上がる。
「親父が呼んでいるんだったな。会計を頼む。ギロロお前は外で待っていてくれ」
卒のないガルルの態度に、女は一度不満げに息を漏らしたが、伝票に目線を落としつつレジへと向かった。
その様子を見て、ギロロは無言でドアベルを鳴らした。
季節の存在しないケロン星で、澱んでも澄んでもいない空気を胸一杯に吸い込んだ。
(少し、頭が重い。たったあれだけの時間、飲んでもいないのに少々酔ってしまったか)
最近、ギロロは己の肉親であるはずのガルルを遠いと感じることが多くなった。
もちろん只の一兵卒でしかないギロロには、エリートコースを突き進むガルルとの階級差がある。
しかし、階級差という実質的な距離ではない。この感情はもっと別のものだった。
ガルルは、ギロロでは嵌らない情景が嵌る男だ。
安っぽいバーで、安っぽい女と顔を差し向けていても、そこに下品さは無い。
強く男を感じさせる、色香があった。
「待たせたな」
「いや」
短い返事だけを返し、暫く無言で歩いた。
「親父の用件は何だ?」
「ケロロとケロロの親父さんが来るから、家族ぐるみで飲むそうだ」
不機嫌な声になったのは、父親達の感傷的な行動が気に食わないからだろうか。
ガルルが、ふっと笑う。
「壮行会というわけだな」
「余計なお世話だ」
「言うな。親父にとっては二人の息子のうちの一人、ケロロ君の親父さんからすればたった一人の息子が戦地に赴くことになるんだ」
だからこそ、余計なお世話だとギロロは思う。戦地と言えど前線という訳ではない。戦場跡で死傷者の遺体回収が任務だった。父や兄が切り抜けたような前線へ出るわけではない。
「ギロロ」
声をかけられ振り向くと、立ち止まったガルルがいやに真剣な瞳を向けていた。
「如何<いか>な戦場であろうとも、危険がないわけじゃない」
それは。戦火を潜り抜けた軍人の声だった。己の不満を見抜かれ、ギロロは顔を歪める。返す言葉が見つからず、俯いた。
「……すこし、寄り道しないか?」
少し離れた距離。答えない弟に歩み寄り、ガルルは兄の声音でその肩を叩く。
「…しかし……」
「いいじゃないか。少しぐらい遅れたって親父達も文句は言わないだろう」
ガルルを探すのに手間取り、一時間費やしていた。
「それに、案外先に始めているかもしれん」
そう言って、もう一度ギロロの肩を叩くと、ガルルは先に歩みを進めた。
ガルルの背中を追って辿り着いたのは、壊れたブロック塀や半壊した家がそのまま放置されている、ガラの悪い連中が屯<たむろ>する地区だった。
「昔、お前達が冒険と称してここに入り込んだことがあったな」
嫌な記憶だった。
少年ならば誰しも『ワル』に憧れる時期がある。
この一角のトップを倒して、ここいら一帯のボスになろうぜ!などとケロロが言い出し、止めるゼロロを振り切って二人で突撃したのだ。
戦果は推して知るべし。袋叩きにあっている所を、ゼロロに呼ばれたガルルに助けられた。
ガルルは崩れた家の白壁に寄りかかると、何か小さな物を転送した。
ギロロは無言で、ガルルから人一人分離れた位置のレンガの上に腰掛ける。このレンガもやはり、ブロック塀と同じく所々崩れかけている。
シュッ、シュッと何度か音が鳴る。
「お前も吸うか?」
そう言って、ガルルが煙草の箱を軽く揺すると、うまく一本だけ煙草のフィルター部分が頭を出した。
「あぁ」
手を伸ばし受け取った煙草を唇で挟むと、ガルルがライターを投げて寄越した。
「つきが悪いかもしれん」
ドラムを勢い良く回転させるが、小さく火花が散るだけで、火がつく気配はない。
「やはり点かんか?」
星明かりにライターを照らして見ると半透明のケースの中で液状化したガスが揺れている。
「あぁ。フリントが消耗してるようだな」
「では、こちらだな」
ガルルは壁を背で軽く押し、反動をつけて寄りかかっていた白壁から離れると、ゆっくりと一人分空けられた距離を詰めた。
近づく顔にギロロは意図を察し、風除けに手をかざしガルルの煙草から貰い火をする。
少し強くフィルター越しに息を吸い込むと、赤い色がじわじわと白い包みを侵食していく。
火が完全に移ったことを確認して、互いに顔を離す。
人一人分詰められた距離。レンガに腰掛けるギロロと、寄りかかるガルル。並びあっても、ギロロは兄の大きな背中を見ている気分になった。
二人で夜空に大きく、淡く光るケロンスターを見上げる。
ゆっくりと煙を吸い、肺に満ちるのを感じると、またゆっくりと吐き出す。
煙草の先端から燻<くゆ>る煙よりも薄い白が、空気と雑じり風に緩々と流されていく。
初めて煙草を吸ったのはいつだったろうか。
軍人は嗜好品を好む。戦場で吸う煙草は安らぎになると、まだ尻尾も取れないうちに父親に嗜んでおけと言われたのを思い出す。
やさぐれていた時期。何故親父が突然そんなことを言い出したのか良くわからなかった。
好奇心はあったが、反抗する気持ちもあり煙草に手を出さずに居たが、ケロロも丁度やさぐれ、うらぶれたゲーセンで二人、煙草に挑戦した。
ケロン製の煙草に健康を損なう効果は無い。中毒性もない。
けれど、やはり煙は喉を刺激し、二人で盛大にむせた。
「どうした?」
あの時のケロロの顔を思い出し、小さく笑いが漏れたのをガルルは聞き逃さなかった。
「いや、なんでもない」
「……そうか」
(あの後だったな。二人とも通過儀礼を受けたのは)
まだ少し、思い出の余韻が残っているギロロを見て、ガルルは目を伏せた。
沈黙が二人を包む。
「なぁ、ギロロ」
ガルルは空を見上げたまま、煙草のフィルターを弾き、灰を足元に落とす。
「我々ケロン人は道端の雑草より弱い。軍人の命は小さな石ころよりも軽い」
右手の人差し指と中指で煙草を挟みつつ、ガルルは腕を組む。
その様子を横目で見て、ギロロは何故かガルルには煙草は似合わないと感じた。
「しかし、たとえこのケロン星の軍人の命が小さな石一つより軽いとしても、家族にとってその命はこのケロン星よりも重い」
一夫婦の平均出産数は七、八人。
その内、親が寿命を全うするその時に残るのは一人、二人。
多くの若者達が軍に入隊し、その命を散らす。
「だから、お前は守らねばならない。家族の想いを守るために、お前はお前の命を守り抜き、生き残らねばならない」
「…………」
「臆病になれ。死ぬことに臆病なことが何よりも大切だ」
親父の武勇伝を聞いて育ってきた。兄ちゃんの背中に憧れて生きてきた。
「……勇敢であることがソルジャーの誇りだろ?」
父のように、戦場に散った母のように、そして今、皆から畏敬の目を向けられる兄のようになりたいと思っていた。
「お前は、私が勇敢だと思っているのか?」
それが、否定的な問いかけだと気付いていた。だからギロロは返事をすることが出来なかった。
「私は臆病だ。臆病すぎて親父のように機動歩兵の道を選択しなかった。スナイパーは死傷率が機動歩兵よりも格段に低いからな」
自らをあざ笑うようにガルルは、小さく息を吐き出した。
「かと言って後方支援へ回らなかったのは、やはり見栄だったのだろうな。戦場へ出ることがソルジャーの誇り。だから少しでも死ぬ確立が低く、それでも評価される狙撃手を選んだんだ。
遠くから、バタバタと倒れていく味方の背中を見つめつつ、敵に照準を合わせてただ撃った。撃って、撃って生き残って帰って、お前の顔を見ていつも安堵していた。」
徐々に下がっていく顔をぐいと上げて、ガルルはケロンスターの、その先を見つめるかのように目を細める。
いつの間にか、煙草は短くなり、フィルターの燃える味が混じっていた。しかし、そんなことにも気付かず、ギロロは兄を見つめる。
「お前には、軍になど入って欲しくなかったよ」
そう言って、やはりガルルは視線を地面に落とした。
「……兄ちゃん…………」
「ふふっ、兄ちゃんか……久しぶりに聞いたな」
通過儀礼を境に、幼さを捨てたはずだが、つい口から漏れた。しかし、その懐かしい呼ばれ方に、ガルルは嬉しそうに目を細め微笑む。
「……長居しすぎたか」
壁から離れたガルルは、肩から提げていたベルトを外し、まだレンガに腰掛けたままのギロロに差し出す。
「『俺』が戦場でいつも身に付けていたベルトだ。親父から初陣の折に譲り受けた。親父の命と『俺』の命を見守ったベルトだ」
煙草を投げ捨て、レンガから飛び降りる。
「このベルトに懸けて、戦場を甘く見ることなく見極め、生きて戻れ」
ギロロはただ頷いて、兄の差し出したベルトのバックルを掴む。
「帰るか。ケロロ君だけに親父達の相手をさせるのは申し訳ないしな」
「……あぁ」
譲り受けたベルトを肩に掛け、先を歩く兄に続く。
その背中は、いつの間にか己と同じくらいの大きさに見えた。
そして兄弟は家路を辿る。
セピア色の写真がベルトのバックルに収まっているのを知ったのは、戦場で一服している時だった。